ピンポーン、と高らかに来訪者をつげる音が鳴った。
時刻は午後7時を少し回ったところ。いつものように暖かい鍋を持つ二つの金色の頭を想像しながら玄関を開ける。
がちゃん 。
しかし、扉を開けたまま思わず目を疑ってしまう。
「・・・あぁ?」
「こんばんは。黒鋼せんせい」
赤色の鍋を持って佇むのは片割れだけで、きょろきょろとあたりを伺ってももう一人は見当たらない。
「珍しいな。一人だけか?」
「ええ。一人だけですよ」
あがらせてもらいますよ、とずんずん部屋の中へ歩いていく姿はどことなく不機嫌そうだ。いつもは整えて置く靴もてんで違う方向へ先が向いている。
何かあったのかと思うが、こちらから探りを入れるのも気が引ける。
・・・魔女の影がありそうな気がするから、だが。
机の真ん中に鍋が置かれて、こん、と硬質な音が部屋に響く。
「今日は肉じゃがです。僕が作りました」
「片割れは?和食ならあっちのが得意だろ」
「それは・・」
なにかをいいかけて、口を閉じる。またアイツの弟らしく、いつも行動がわかりにくい。
そのくせ、大事なことを含めているのだから手を焼く。
「ちっちゃいころ、」
白い指先が、鍋の蓋を持ち上げて白い湯気が立ち上る。
「僕がピアノを習ってたころ、だけど」
「・・・なんだ?」
「すごく可愛い子が居たんだ。髪の毛が長くて、よくチェックのワンピースを着てた」
突然の話で一瞬、意味がわからなかったが、声を抑えた。きっと、これは、
大事なことなのだろう。
ゆっくりと一度だけ目を閉じる。
「その子が一回ファイの手をドアに挟んじゃった事があってね。しかも結構勢いがあったからファイの手が真っ赤にはれて、すごく痛そうだった」
「・・・・・・・・」
「でも、その子がごめんなさい、って謝ってたからファイは大丈夫だよ、って笑いかけてた」
調理講師はお玉で器用に同じ分量だけ二つに分けてそれぞれの器にジャガイモを盛った。
「そしたら、女の子がさっきまで泣きそうな顔してたのに、驚いた顔で」
赤、緑の彩りの野菜をこれまた器用に見栄えするように器に並べる。
「あれ? ユゥイ君じゃなかったの?って安心した顔で言ったんだ」
机の上には肉じゃがと白飯が美味そうに湯気を立てている
さて、と調理講師が席に座り食事をする体勢に入った。
「頂きます」
そして、箸を持ったまま手を合わせると、日常的な慣用を行い、
「それからだけど、」
最近やっと使い慣れてきた、というのが分かる手つきでジャガイモを頬張った。
「ファイは何処となく人と関わらないようにしてる気がする」
目を閉じると残念そうに、いまいち、と顔をしかめた。
そこまで言うほどの物なのかと怪訝に思いながら一口食べるが、普通に美味い。
片割れを引き合いに出すと劣る、と言ってしまうが。
ちろりと見てみると相手が反応待ちのようなので、ごくりとジャガイモを飲み込んで、
「そうか」
と答えてやった。
「あれ? それだけ?」
調理講師は、意外、というように外国人らしく肩をすくめて見せた。
「そんなもんは前から知ってる」
「へぇ」
調理講師はまるでからかうように微笑んだあと肉じゃがを食べて、
あー。不味い。不味い。 と不機嫌そうに言った。