部活も終わり、これから男子組と合流しようかと歩いていると、どこからとも無く甘い匂いが流れてきていた。
「あれ?」
「なんだか甘い匂いするね」
今日って調理実習あったっけ?とちらりと家庭科室をのぞいてみると、やっぱりそこから甘い匂いが漂ってきている。
「今日何があったかしってる?」
「ううん。サクラちゃんは?」
「うーん・・・何も無かったと思うけど」
この教室は全部窓が磨りガラスで中が見えない。
ちょっとだけのぞいてみよっか、とゆっくり音を立てないように気をつけながら少しだけ教室のドアを開ける。
そこから見えたのは、
「あれ?ファイ先生だ」
「あんれー?サクラちゃんとひまわりちゃんもオーブン借りにきたのー?」
ファイが今まさに焼きあがりました、といわんばかりに焼き色が綺麗なクッキーが並んだプレートを持ったまま、気の抜けた声をあげた。
「ここのオーブンすっごく豪華だもんねー。わかるよー」
うんうんと納得したようにうなずくと、テーブルに広げられたぬれた布巾の上にプレートを置く。
「俺はもうすんだから使ってもいいよー?」
「いえ、あの・・・」
「ええっとー・・・」
「?」
「甘い匂いにつられて・・・」
「来ちゃっただけなんです」
てへ、と舌を出して見せた二人に、そんな蝶ちょみたいな、とファイが笑った。
「そんな蝶ちょさん達にクッキーをあげよー。そこにあるのもってっていいよ」
「え!いいんですか?」
「そんな、悪いです」
「大丈夫ーこの学校の女の子はもう大体みんな貰った後だからー」
「えっ!?」
二人同時に驚いた声を上げ、それを見てファイが面白そうに笑った。
「みんなに内緒だよ、っていったらほんとに誰も他の人にばらさなかっただけー」
みんな可愛いなー。とにこにこ笑うファイを見ながら、この人に言われたら絶対に約束を守りたくなってしまうだろうと顔を見合わせて笑う。
その様子に不思議そうに首を傾げたが、直ぐにまたにこにこ顔になって器用にクッキングペーパーにクッキーを包んだ。
その手の動きに思わず見とれるが、クッキーのを手渡された瞬間にふわりと漂ってきた甘い匂いに、わぁ、と声をあげた。
「小狼たちにも分けてあげよう」
「うん。皆喜ぶよね」
有難う御座いました!とお辞儀をするととても嬉しそうに、皆で食べてね、とファイが微笑んだ。
からり、とドアを開けてサクラが振り返り、
「あっそうだ」
思い出したことを言った。
「知世ちゃんが、ファイ先生のお菓子は世界で一番美味しいって言ってました」
「ひまわりちゃん」
長い長い廊下の真ん中で、寂しそうにサクラが呟いた。
「ん?なあに?」
「ファイ先生が、笑ってなかったの」
最後の一言のときだけ。