「あのねぇ、別に私は構わないのよー? ぜーんぜん」

雨が上がった空が窓の外に光る職員室で、麗しく艶やかな理事長は溜息をついた。

「たとえ」

そこで、ちら、とファイを眺めた。

ぱたぱたと暑そうに薄いファイルで忙しなく扇ぎ続け、トレードマークの白衣さえ脱ぎ捨てている。

そのくせ、本人の格好は余りにも暑そうなハイネックだった。

それはつまり首筋や腕に隠すべき「何か」があるわけで。

「蒸し暑ぅいこの季節に、生徒からも先生からも大人気の美人理系教師が、昨日とは打って変わって黒色の長袖のハイネック着てたって」

「えーユーコせんせい照れちゃいますよー。美人だなんてー」

「そこかよ!」

思わず突っ込んだが、てへ、と可愛らしく笑う科学教師が上手く誤魔化したつもりなのに顔が真っ赤なのを見て、体育教師は何もいえなくなってしまった。

どこまで可愛ければ気が済むのか。口をへの字にしてにやけを抑える。

その様子を見て理事長が面白くなさそうに、ふーと息を吐いた。

「黒鋼先生、かわいそうだなーとか思ったりは?」

「あー・・・いや、そのだな・・・」

確かにこの気温の中あの服は辛いだろうがしかし・・・とごにょごにょと歯切れ悪く黒鋼が呟くのをながめて、また理事長が息を吐いた。

そして下を向く・・・もちろんニヤニヤ笑う顔を見られないようにだ。ここでその顔をみせたら黒鋼に脱兎の如く逃げられかねない。

こんなにおもしろい玩具をみすみす逃がしてなるものか。もう一度顔を作って黒鋼に向き直る。

「そう。もう俺のもんだから何したって勝手だろ☆って事ね。激しいわねー」

「いやあのな」

「ユーコ先生べ、べつに黒様先生は悪くないんですよ」

目線がうろうろとし始めた黒鋼を庇うようにファイが割ってはいる。焦りすぎて呂律が若干怪しい。

噛んじゃった・・・と少し恥ずかしげな姿に、そそるわね、とにやにやを必死に抑えながら頭の中に昨夜の予想を組み立てる。どうやら激しかったらしい。

「あら、プチツンデレ風釈明ありがとう。でもハイネックに黒鋼がかかわってるのは二人とも否定しない訳ね。ふふっ」

「あっ、いや、その、その、その」

「っもういいお前は喋るなこっちが照れる」

侑子の言葉に更に顔を真っ赤にさせたファイは最早完全に言葉が出てこなくなり、うーと呻きながら手で顔を隠した。

顔にありありと「可愛すぎるどうしよう」と書かれている黒鋼が軽くファイの頭をはたいた。

これはもう、

「ごちそうさま」

というしかないだろう。

 

 

 

因みにこのときの理事長が隠し撮りした涙目で赤面するファイの写真が生徒間に飛ぶように売れたのはまた別の話。

そしてそれに気付いた体育教師が理事長室にのりこんで逆に反撃されたのも別の話。

 

 

 

 ご馳走様V

 

 

 

 

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