勢いよく起き上がりすぎて、頭が一瞬ぼうっとする。
「ゆめ・・・・」
丸い窓から見える空は黒く、月が輝いていた。まだ朝には遠いようだ。
乱れた髪をおもむろに掻き揚げると、顔全体から汗が吹き出ていることに気がついた。
布団からゆっくりと起き上がって、何か、水でも飲ませてもらえないかと、廊下に出る。
日本国は靴を脱いで家に上がる風習なので、足元から緩やかな冷気が伝わってくる。
顔を上げると、すっ、と曲がり角に黒い布がちらついた気がした。思わず家の中だというのに駆け出して、後を追う。
(くろ・・)
思ったとおり、見つけた背中は紛れもなく黒鋼のもので、さっきまで緊張していたのか、と気づくほど、
一気に緊張が解ける。
手を伸ばしかけるが、途中で止まってしまう。夢のことを思い出したから。
悲しい、苦しい夢。
戻しかけた腕を、誰かが掴んだ。驚いて顔を上げると、黒鋼がこちらを見据えていた。
「黒様」
「どうした。眠れねぇのか」
ぶっきらぼうだが、すごくたくさんの優しさが詰まった表情に、おもわず、ぽろり、と目の端から水が零れた。
あわてて手のひらで拭うが、後から後から溢れてくる。焦って何度も目を擦ると、擦るなよ、と大きな手が頬に触れた。
「悪い夢でも見たか」
そんな風に言われると、思わず、小さい子供に戻ったかのような錯覚に陥ってしまう。何年も前に卒業したというのに。
頬に当てられた手に、自分の手を重ねてギュッと握る。その行動を肯定ととったらしく、
「悪い夢っていうのはな、話すといいんだとよ。まぁ起きたら感覚だけ残ってて、記憶がないってことも良くあるもんだが」
と言った。
話すべきなのか。と一寸迷うが、それより先に口が開いた。
「ファイに・・・会った」
一瞬、手のひらに緊張が走ったが、そうか、とだけ黒鋼は言った。そんな風に何でも受け止めてしまうから、こちらの歯止めが
利かなくなる。自分でも気づかない勢いで、さっきの言葉を皮切りに、次々と言葉が流れ出てくる。
「オレ、立ってて、白いところに。そしたら隣にファイが居て、手、伸ばしたけど、届かなくって、ガラスみたいなのがあって、間に。
ファイを必死に呼んだけど、全然、気づかなくって、ガラスに触ったら、割れて、ファイ、どっかいっちゃった」
目線を上に上げると、炎のような赤色がこちらを捉えていた。
「割れたガラスに、オレだけが映ってて、もう、ファイ、居ないんだなぁっ・・て・・・」
自分でも話していることが、伝わりにくいのはわかっていたけど、それ以上は言えなかった。ただ涙が頬をすべる。
「くろ、りん」
わぁぁんと、子供のような泣き声が聞こえる。でも、それは紛れもなく自分のもので、でも自分じゃないようで。
急に、ぐいっと腕を引っ張られて、半ば倒れこむように黒鋼に体を預ける。安心するほど、暖かい。
「ちげぇと、思うぞ」
「・・・?」
「お前に、伝えたかったこと」
どういうことだ、と首を傾げると、急に視界が半回転した。担がれたらしい。声をかけようにも、驚いて声が出ない。

角を二回ほど曲がると、目的地らしく、足が止まる。すると深夜だというのに勢いの良い襖の開いた音が響いた。
部屋の中の人が起きるんじゃ、と思ったが、良く見ればそこは黒鋼の部屋だった。
「ちょっと待ってろ」
ぽいっとすでに敷かれていた布団に落とされる。でも痛くはない。前は普通に地面に落とされたなぁと、記憶がよみがえって苦笑する。
「黒・・・」
「あった」
小さな箪笥のようなものから、何かを取り出してこちらに差し出す。良く見れば、それは手鏡だった。表面に綺麗な水色の花が描いてある。
受け取ったまま、どうするか迷っていると、横から手が伸びて、蓋を開ける。
「ほら」
手の中で反射したオレの顔は、涙のあとが何本も残っている。でも、それ以外は変わらない。
「そっくりなんだろ」
「え?」
「双子なんだろ?鏡見りゃ、いつでも会えんじゃねーか。それ、教えたかったんだろ」
その言葉で、鏡に映るオレの姿が、急速に、違う意味を持ったものになっていく。
双子だということは、重荷でしかなかったし、双子でさえなければ、と思ったことが何度もあった。
なのに、双子だから、
いつでも会える。
そんな考え、思ってもなかった。
そう、なのかな・・その言葉は思ったよりとても小さくて、伝わったかどうかは定かではないけれど、黒鋼が手を伸ばして、オレの頭を
くしゃり、となでた。すると、黒鋼が手鏡を指していった。
「それ、やる」
「えっ!駄目だよ!」
手の中にある手鏡のつなぎ目部分には、白い粉が付いている。多分、女物だから、化粧品か何かだろう。
しかし、知世姫は化粧をしていなかったし、知世姫のものでないなら、黒鋼がわざわざ取っておくとは思えない。
しかも自分の部屋に。となると、これは
「母親の、でしょう。これ」
「そうだ。親父が送ったらしい。いつも持ち歩いてた」
「貰えないよ・・そんな大事なもの」
確かにそうだが、と言って、一瞬何かを考えるかのように口ごもる。そして、出た言葉が
「俺は親父に似たらしい」
とだけ言った。それだけだと、分かりにくいけれど、表情から、眼から、言わんとしていることが伝わってくる。
ぽろっ
左目から、また、水がこぼれた。
すると、ぎょっとして、さっきとは打って変わって、早口で焦って言葉を言う。
「いや、嫌ならいい!だから」
泣くな。その言葉と同時に、あやすように抱きしめられた。やっぱり、暖かい。
「大丈夫、今度は、」

し泣きだから

 

 

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ちょっと長くなりすぎたかな;;

黒鋼が父さんと同じようなことをすればいいって言う妄想!

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