※最終話
ばしゃり。小さな水音が静かな遺跡の中に大きく響く。
事がすべて終わったのだという意識が、意識を眠りへと落としながらも涙を流し続ける小狼とサクラの姿を見ていると、じわりと広がってきた。
しばらくて穏やかに寝息を立て始めたモコナの顔を見つめていた黒鋼が、ファイの顔を見遣る。
蒼い目をした綺麗な顔は弧を描き、静かな暖かさを湛えている。
その顔を見ていて、黒鋼は目が熱くなるのを感じた。何時ぶりだろう、この感覚は。
慣れない涙を流したくなくて一度大きく目を瞑る。それを見たファイが黒様、と呼びかけたが、その声は情けなく震えてまるで迷子の子どものようだった。
「あれ、」
ぼろり。
「何、で」
今はもう再び二つになった蒼から大粒の涙が溢れる。ぼろぼろと零れる様に、宝石のみたいだと黒鋼は思った。
しだいに止まらない涙に混じって嗚咽が聞こえ始めた。うー、とかんー、とかいう何かを堪えた嗚咽。
宝石がそのままサクラの頬を濡らしていく。それをみてファイがぎゅう、とサクラを抱き寄せた。
うー、と声を漏らしながらサクラの首元に押し付けられたファイの顔からは、矢張りまだ涙が流れている。
ぼろり、ぼろり
「・・・・あ?」
何時しか知らないうちに堪えたはずの涙が頬を伝っていて、おどろいて黒鋼が頬に触れた。
指先をぬらすものは何時の日にかに捨ててきたはずのソレだった。
黒鋼を見てぽかんとファイが涙が止まらないまま口を開けた。
「黒様が、泣いてる」
「お前も」
「うん」
おそろいだね、と言った声は空気が混じりすぎて声としては枯れていて、ファイは目をゆっくり、閉じた。
「ふ、・・・うっ・・・・」
ぼろり
「うぁ」
ぼろり
「ううううう、うぁあああ・・・」
堰を切ったかのようにファイが声を出して泣いた。大きな泣き声が遺跡にこだまする。
「うぁーんうぅっく、うっうう、ふ、うああ・・・うーうー」
そんなに泣いたら枯れてしまう、と思ったが、そういう黒鋼の目にもどうも何かどうしても涙が出てしまう。
ファイほど声は出ないものの黒鋼も段々と声が詰ってきて焦りを覚える。しかし一向に涙が止まる気配は無い。
一瞬その様子を蒼い目に映すと、強く、強くサクラを抱きしめてファイが大きな口をあけて上を向く。わぁんと遂に大声を出して今までに聞いた事も無いような声で、それこそ本当の子どものように泣きだす。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ぅ・・・」
「ぐっぐろざまぁぁぁぁああああ」
「なんっ、だ!・・・くっ・・・」
「も、おわっだん、だよ、ねぇ、ふっん、うううあああああああああ」
「っわったよ! もう、全、・・全、部っ」
「わぁぁぁぁぁぁあ」
「全部っ、全・・部・!・・だか、ら!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「わあああああああああああああああああああ」
「うぉああああああああああああああああああ」
何時しか泣きながら黒鋼も小狼を抱きしめていた。零れ落ちる涙が温かい雨となって子ども達の体に降り注ぐ。
四人ともがそれぞれに、しかし同じように囚われていた事が終わりを告げたのだ。
終わってしまえば呆気無いほどで。でも、それでも、傷が治った訳じゃなくて。
胸にぽかりと穴が開いてしまった感覚に戸惑う。しかし安堵感も覚えていた。
真黒な手が、掴んでいたみんなの足を離して「さよなら」と手を振った。
もう囚われなくていい。
もう泣かなくてもいい。
もう傷つかなくていい。
もう、
終わったんだから。
ぼたぼたと降り注ぐ綺麗な、綺麗な雨は、降り止むまで、大分時間が掛かった。
終わりの雨(そこから始めよう)