「天使に会いたいだけなんだ」

そう言って、男は微笑んだ。ぞくりと背中を撫でる悪寒に、サクラは目を開けようとしないファイを抱えなおす。

何かの魔法を使われたのか、ファイは一向に目を覚まそうとはしない。

「てんし・・・?」

「そう。神からの使い。人々を幸せにする。羽が生えている。金色の髪をしている。目はとても綺麗な蒼・・・色々な言い伝えがある」

ぐるりと部屋を囲むように立っている本棚にはさまざまの色、形の本がぎゅうぎゅうに詰められている。

それを軽く指先で撫で、これらは全部そういうことについて書かれている。と男は言った。

「でも」

一冊の本を人差し指で引っ張るとばさりとページを広げて落ちた。

 「どれが本当かなんてどこにも書いちゃいないんだ」

 バサリ、バサリ。一冊ずつ男は本を落としていく。

広がった本の一ページに、金色の髪の人が微笑んでいる絵が描かれている。髪は肩につくかつかないかぐらいの長さで、クセがつよい。

もしかして

あたりを探してみると、明るい茶色の髪で緑色の目をした女の子が描かれている本もある。

ありえない。けれどそうとしか思えない。

「まさか、あなたは」

「そんな中で」

言いかけた言葉など聞いていなかったように、男が言葉を紡ぐ。

「君たちを見つけたんだ」

誰も触れていないのに本が一斉に散らばる。洪水のようにあふれる本に足をとられ、尻餅を付いてしまった。

恐ろしさにファイを抱き寄せると男が嬉しそうに笑った。

「私たちは、そんなものじゃありません」

「いいや、君たちこそ本物だ」

 ゆっくり、ゆっくりと、しかし確実に一歩ずつ男が近づいてくる。

彼の両手がすぐ近くまで届いたとき、

「何で、そこまで天使を・・・?」

ぴく、と男の手が動いた。気がした。

 

次の瞬間、あたり一面が光に包まれた。

思わず目を瞑ると、男が「おお・・・」とため息をついたのがわかった。

恐る恐る目を開けてみると、もう周りは光っていなかったが、その発生源に気付いた。

「ファイさん?」

まだ眠っているようだが、眠りから覚めてきているようで、その呼びかけに少し反応した。

ファイの体には輝く文字のようなものが纏わりついている。実態が無いようで触れることが出来ない。

「何てことだ・・・素晴らしい・・・」

ふらふらと歩いてファイの頬にするりと男が触れたので、引き離すようにファイを自分のほうへと引き寄せる。

「ファイさんっファイさんっ」

呼びかけるごとに纏わり付く光が薄くなっていく。軽くゆすると完全に光が消えた。

それと呼応するようにファイが目を開ける。

「ファイさん!」

「あれ・さくらちゃん・・・?」

ぼうっとしたまだ覚めきっていない目でファイがあたりを見渡す。

目の前に立つ男と少しの間視線を合わせる。一瞬の長い無音。

そして嬉しげに頬を緩ませた男を無視するかのようにファイはゆっくりと起き上がると、右手にある本棚にぺたりと手のひらで触れた。

「行こう。サクラちゃん」

「え? それは本棚で・・・」

言葉を言い終わるより前に今では見慣れた光が現れた。

「私の羽!!!」

「本に挟んであったんだろうねー。多分、本の世界がそのまま出てきちゃった、とかじゃないかなー?」

ふわりとファイの手のひらに羽が乗った瞬間にバラバラとパズルのピースのように本棚が崩れていく。

その下から現れたのは良くありそうな木の床にクリーム色の壁だった。もちろんドアもある。

「ああ・・・あ・・・・」

驚きのあまり口を閉じることを忘れたまま、男はあたりを見渡す。

そして、元通りになったこじんまりとした部屋から出ようとする二人を目の端に捕らえると、力の抜けた手をのばし

「私も、」

部屋と同じように体が崩れ、消えていった。

 

 

 

「あの人も本の中の・・・?」

「そうだよ。多分、ね」

「・・・・・・・・・・・」

振り返ると、部屋の真ん中には茶色い古ぼけた本が一冊だけ落ちていた。

『願い』。背表紙にはそう書かれていた。

 

 

 

使に願いを

 

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