ぽつり、と鼻の頭に水がついた感覚に上を見るが、太陽がさんさんと照り輝いている。

少しばかり不思議に思ったがまぁ気のせいかとそのまま歩く。

 

 

「・・・どうなってんだ」

太陽の光に反射して光る雨を見ながら呟く。

まさかの狐の嫁入りだ。すぐに止むかと思ったが、細々とした雨が長々と続いている。

久しぶりの休みだというのに、雨とは。しかも太陽が出ているのに、雨とは。

おほほ、と優雅に笑う知世が空から桶いっぱいの水を撒いている様子を想像してみると、若干ありえそうなことに溜め息をついた。

というかむしろ、昨日いきなり『黒鋼、明日はお休みでいいですわ』と笑顔で言って来たことを考えると、もしかしなくてもわざと何では。

昔からアイツは不自然なほど勘が良かった。

なんとなく貧乏くじを引いてしまった感を覚えながら前を見ると、道の真ん中に黒い着物の男が突っ立っている。

外見的に書生とか学生と言ったところだろうか。しかし、着ている着物はそれに釣り合わない程上物のように見える。

まぁ、知ったこっちゃ無いが・・・

気にせず前を通り過ぎようとしたとき、あるものを見てギョッとして呟く。

「蛍?」

こんな真っ昼間に、それもこんな季節に居るものだろうか、と思ったが、道端でちかちかと蛍のように何かが瞬いた。

驚いてよく見てみると、只のガラスの破片か何かのようだ。

まぁ、当たり前といえば当たり前か。

興味を失ってふぅと息をついてから気付いた。

「・・・何だ?」

さっきの男がじっと驚いた顔でこちらを見ている。さっきは見えなかったが、手に手鏡らしきものを握っている。

まさか今さっきの蛍と呟いたのが聞こえていたのだろうか。

若干の気恥ずかしさで目線をそらすと、ぱっと男がすぐ目の前の建物へと駆け込んで、

「侑子さん!蛍です!!」

と大きな声で叫んだ。

「あっおい待て待て待て待て!」

蛍はいないのだから、そんなことを言われては困る。というか普通に考えて分かれよ!という突っ込みと共に、店の中へ足を踏み入れる。

じゃりり

踏みしめた地面の感覚に何か別の次元に来てしまったかのような不思議な気分になる。

なにがどう、という訳ではないが。

「いらっしゃい」

唇を弧にした黒い髪の女が、大きな椅子の上に半ば横たわるようにしながらこちらに声をかける。

隣には先ほどの男が立っている。

「・・・なんだ、ここは」

だだっ広い異質な店の中に気圧される。

絵空事のような不思議な生き物達の飾りや家具がそこかしこに置かれている。

「遊郭」

「そうか、ゆうか・・・ってオイ!真っ昼間にしかもこんなところにそんなモンが」

ある訳無いだろうという声をさえぎって、眉を上げながら、女が言う。

「後ろを見てみなさい」

「あぁ!?」

バッと振り返ってみると、店の外はすでに暗がりで、周りの道も店も雰囲気が変わっている。

「なっ・・」

ありえない出来事に、頭の回転が追いつかない。

「ちょ、ちょっと侑子さん」

「四月一日、こういうのはつかみが肝心なのよ。つ・か・み・が」

楽しそうに侑子がニヤニヤと笑う様子に、変な動きをしながら四月一日が慌てる。

「どうなってんだ!?」

「知世ちゃん」

「!?」

いきなり侑子の口から上司の名前が飛び出して目を剥く。

「貴方は、“蛍”の客なのよ。それは、“必然”なの」

くるりと体の向きを変えて侑子が床に立つ。

「・・・蛍?」

「そう。蛍」

こっちよ、と侑子が着物の裾を揺らしながら変わった形の窓のついた襖を開ける。

そこには無限に広がるかのように真っ直ぐな廊下があった。

雰囲気に呑まれて、言葉が出てこない。夢の中に居るような、何処かの隙間に落ちてしまったかのような。

「まさか狐に化かされるとかじゃねぇよな・・・」

声が聞こえたらしく、こんっと眉間に変な白いウサギのような飾りのついた小さなかんざしが投げつけられた。地味に痛い。

「だぁれが狐ですってぇ?」

「・・・・」

「何よ、その反抗的な目は。知世ちゃんに言いつけてやる」

「だから、何で知世が出てくるんだ!?と言うかなんで知ってるんだ?!」

当たり前のことを聞かないで、とでも言うように呆れた顔で、ハァとため息をついて、

「この店に来たからよ」

とさも当然のように話を切り上げて足を滑らせるかのように優雅に廊下を進んでいく。

女が女を買いに来ることが・・と言いかけて、止めた。四月一日が諦めましょうよ、と何かを悟った顔でこちらを見ているからだ。


「ここよ」

スパン、と抽象的な光が描かれた襖を勢いよく開けると、蛍ー!と侑子が奥に向かって叫ぶ。

「じゃあ、そういうことで」

「なっ」

突然侑子が思い切り黒鋼をひじで押す。そのままの勢いでごろごろと部屋の中へ転がった。

何しろ突然のことだったので、受身だけで精一杯で、閉じられた襖に気付けなかった。

「くそっ!」

だん!と大きく左手をついて体を起こしたが、ときすでに遅し。襖は硬く閉まっていた。

何かざわりとした予感に、そのままの体勢で息をつく。

「あのー」

「なんだ!?」

がばりと後ろを振り返れば、見たことも無い人影が立っていた。

金色に輝く髪に、両の目は蒼。

「初めましてー」

にこり、と微笑んだ白い顔に思わず目を奪われる。

たっぷりとした独特の形の着物に、そこからのぞく白い素肌。

狐の嫁入りの時の雨粒を思い出す。

「お名前はー? 黒りんとかでいいー?」

「い・・ってよくねぇ! 何だお前は!?」

「何って・・“蛍”だけどー?」

うん?と不思議そうな顔でこちらを覗き込む。

「おまえが」

「蛍だよ」

嬉しそうに手を叩いて、そこ、寒くない?こっちおいでー と着物の裾を引っ張る。

促せるままに立ち上がって、思った。

 

ああ、

こいつだ。

 

と。

 

 

 


に導かれて

 

 

 

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お歯黒とか、白粉とかその他モロモロがない次元で・・・!!!!!

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