はひふへほまみむめも
十のヒラガナの書かれた紙をおそるおそる両手で持ち上げると、ひらひらと風で揺れた。成功だ。
「良く出来ております。すばらしいですわ」
「ありがとうございます」
紙も汚れていませんね、とやわらかにふわりと知世姫が微笑んだ。何を言っても、どんな表情をしてもおしとやかな人だ。
「このインクってフシギ、ですね」
オレはなみなみと石の箱(底が斜めになっている)の中にあるインクに目を落とした。
「いんく?」
「この・・・黒い、水のことです」
「あぁコレは墨汁と言うのですよ。ファイさんのところでは“いんく”というのですね」
「はい。でも、こうやって水にこすり付けたり?はしませんでした。もともとビンに入っててそれにえっと、俺の国風、の、ふで、をつけて書いてました」
「まぁ。どんな形なんですか?」
「羽がついたものが多かったです。高いお金のものになると、ほうせき、もついていたり」
きれいなんですね。とまた知世姫が微笑んだ。
日本国に来てからだいぶたったが、イマイチ喋ることと書くことが苦手だ。とくに書くこととなると、今練習しているヒラガナだけでなく、カタカナというもの、さらには漢字という大きな壁がある。
ふと、知世姫に質問しようとして一瞬止まる。あの言葉は日本国語で、“すべて”だったか、“いっぱい”だったか。少し自信が無いが、“いっぱい”のほうにしてみる。
「知世姫は漢字がいっぱい書けますか?」
「そうですね・・・。千くらいなら書けると思います」
「千・・・とても多いです。羨ましい。それでいっぱいですか?」
日本語がおかしかったのか一瞬知世姫の顔がきょとんとなる。しかし、直ぐに微笑ましげな顔をして、
「そういう時は、“いっぱい”ではなく“ぜんぶ”を使うんですよ」
と言った。両方違ったようだ。矢張り日本国語は難しい。
「いっぱいは何ですか?」
「そうですね・・・」
知世姫は、すっと今さっき書いた紙の下に敷いてあった厚い布に新しい紙を出すと、日本国の林檎を五つ描いた。そして、ひとつ、ふたつ、と言いながら同じ数だけ林檎に丸をして、最後は5個ではなく“ぜんぶ”と言って丸をした。
するとそれを言い終わるが否や、今までのゆったりとした動きが嘘のように手早く紙にたくさんの林檎を描いていく。 描いている内容ではなく、思わずその優雅だがすばやい動きに目を奪われてしまう。
「いっぱい!」
知世姫が紙に載せる重しが動かないほどの勢いで、紙を引き上げた。そこにはぎっしりとたくさんの林檎が描かれていた。
やり遂げたように清々しい彼女の顔を見て、思わずくすり、と笑ってしまう。
「たくさんですね」
「はい。たくさんより、いっぱいの方が女言葉のように思われますが、意味は一緒ですよ」
「いっぱいはいけませんか?オレは男ですし」
「いいえ、使っても大丈夫ですよ。ただ、敬語の時はたくさんの方が好ましいです」
「そうですか・・・・・」
やはり日本国語は難しい。思ったことが口に出てしまったようで、いえ、ファイさんはたくさんの言葉を知っています。と微笑んだ。が、その笑みが次の瞬間企み気に黒くなった。・・・気がする。
「そういえばファイさんは、こういう言葉を知っていますか?」
ちょいちょいと手で呼ばれたので、顔を近づけると、聴いたことのない言葉を囁かれた。
どういう意味だろうか、と考えていると、
「黒鋼に聞いてみるといいですよ」
と微笑まれた。
言葉を覚えるのは主に黒鋼と知世姫の喋っている言葉からなので、2人ともあまり使わない言葉なのだろうか。もしかしてことわざ、とかいう奴か。それなら納得がいく。黒鋼がよく意味を理解していることわざなのだろう。それで知世姫は黒鋼に聞け、と。
「あら、黒鋼ですわ」
「くろりーん!」
「おう」
反射的に後ろを振り向くと、びちびちと魚の踊る桶を持った黒鋼が立っていた。さっそく今さっきの言葉の意味を聞こうとしたら、
スッと知世姫にさっきの言葉は、単体でしか意味を成さないので、使うときはどんな状況でもそれだけしか言ってはなりませんよ。と耳打ちされた。ますます不思議な言葉だ。
単体でしか使えないと言うことは、意味を聞く場合は後ろに疑問符をつければいいのか。
「ねぇねぇくろりん、」
聞いた瞬間、珍しく黒るんの顔が赤く染まった。文法がおかしかったのかな。
言葉かわし
------------------------------------------------------------------------------------------------------
日本国永住エンド?
ファイは頭がいいから半年もすれば完璧に日本国語を話せそうな気がするよ!
てか知世姫の口調がわかんねぇ\(^〇^)/